2024年11月18日(月)
2024年11月18日、成田空港(NRT)から飛んでくる友人二人と仁川空港で待ち合わせ。関西空港(KIX)から飛ぶ私も、二人もエアプサンで仁川空港(ICN)着は成田便(14時着)が5分早いだけなので、さほど待たずに合流できるはずが、成田便は定刻より10分ほど早く、関空便は定刻(14時5分着)より35分ほど遅れて、1時間近く待ってもらうことになりましたが、二人とも₩(ウォン)の手持ちが少なくて、空港で両替してもいいのですが、レートが良くないので、前回の残りを10万₩持っていると私と合流しないと、ソウル市内までの交通費が不足するために待ってもらっていました。
今回の宿泊は、<ノーブルツーリストホテル>で、世界遺産の昌徳宮(チャンドックン)がすぐ近くにあります。最寄り駅は地下鉄3号線の安国(アングク)なのですが、空港からはA’Rex(空港鉄道)に乗り、孔徳(コンドク)で地下鉄5号線に乗り換えて鍾路3街(チョンノサムガ)で降りて、徒歩約10分の距離です。
16時半ごろにホテルにチェックインして、荷物を置いて直ぐに明洞の両替所に向かいました。ホテルのすぐ近くのバス停(昌徳宮ウリソリ博物館)から151番の幹線バスで(ロッテヤングプラザ)バス停で下車。
中国大使館近くのいつも両替する両替所(交換レートが良い)で₩に両替するも、この日の相場は円安のため¥10,000が₩90,100でした。先ずは明洞にある知り合いの店を訪ねましたが、体調不良で休んでおり会えませんでしたので、腹ごしらえと言うことで<神仙ソルロンタン>でノーマルなソルロンタンを食べましたが、値上がりしてました。ここはソルロンタンも美味しいけれど、キムチ(テーブルに備え付け)が本当においしくていくらでも食べてしまいます。
明洞聖堂
その後、直ぐ近くの明洞聖堂へ行き、その後は初韓国の友人をソウルのド定番観光地Nソウルタワー(南山タワー)へ聖堂前からタクシーで南山ケーブル乗場まで。タクシー代はジャスト₩10,000でした。
Nソウルタワー
ケーブル代は往復で₩15,000です。19時を回っていましたが、結構な人出で、下りの乗場は長蛇の列ができていました。当初はNソウルタワーまで行くつもりにしていなかったので、防寒対策しないままだったため寒さが骨身にしみます。それでも多くの観光客や韓国の若いカップルで賑わっていました。
来た時は下りのロープウェイは長蛇の列が出来ていたのに、帰りには解消されていて待つこともなく下まで降り、ここから南山オルミ(無料の斜向エレベータのようなもの)に乗って、明洞まで歩いて行き、地下鉄4号線明洞から忠武路(チュンムロ)で地下鉄3号線に乗り換えて鍾路3街まで帰りました。
益善洞(イクソンドン):クァンジュチッ
地下鉄を降りて、ホテルまでの帰り道で通る、益善洞(イクソンドン)でお気に入りの店<クァンジュチッ>に突入。この日は意外と空いていて、席が空いていました。カルビ、サムギョプサルなどをたらふく食べて、飲んでも一人当たり約₩26,000程でした。
2024年11月19日(火)
DMZ(非武装地帯)
本日は、今回一番楽しみにしている<DMZツアー>ですが、予約時は、集合時間は地下鉄の東大門歴史公園駅11番出口に出発10分前の6時15分だったのですが、メールで連絡が入り、渋滞が予想されるために30分前倒しの5時45分集合となりました。これだけ早いと地下鉄もバスも動いていませんので困りましたが、ホテルから集合場所までは約2.6Kmですので歩いて30分ほどの距離です。幸か不幸か、3人とも歩くのには抵抗がないので、タクシーを呼ばずに歩いて行くことにしました。迷うような道ではないのですが、万が一のことを考えて、さらに余裕をもって4時50分にホテルを出て集合場所に向かいました。信号待ちなどもあり、約35分で到着するも、歩き始めは寒さが半端じゃなかったです。歩くうちに身体は温もっていきましたが、立ち止まると寒さが堪えます。バスは予定より10分ほど遅れて6時に到着。ようやくバスに乗り込んだ後、残り3か所でピックアップして、DMZ に向かいました。総勢20数名で全員日本人です。最後のピックアップ場所である弘大入口(ホンデイック)からは高速に乗り、1時間ほどで一気にDMZです。
観光センター:臨津閣公園(イムジンガクコンウォン)
バスは、いったん観光センターに駐車しますが、ここまでは個人でも来ることはできるようですが、この先のエリアは複雑な申請が必要なようでツアーで行けばすべて手配してくれます。
画像の左は、ツアー時に常に首から下げておかないといけません。一種の通行証みたいなものです。DMZの看板を背景に友人二人のツーショットです。
メインの第三トンネルや都羅展望台へ行く前に、臨津閣公園周辺でガイドさんの説明を受けながら分断の歴史や背景を学びながら、残された遺構などを見て回りました。ここまでは、ツアーでなくても一般人でも来ることができます。
自由の橋
1953年の朝鮮戦争の休戦協定を受けて、捕虜がこの橋を渡り南に帰還する際に「自由万歳」と叫んだことから<自由の橋>と呼ばれるようになったが、もともとは臨津江(イムジンガン:イムジン川)を渡る京義線の鉄橋で、当時は道路に転用されていました。
鉄道の遺構もあり、朝鮮戦争時に使われていた、確か三菱重工製の機関車ですが、銃弾の跡が生々しいです。
臨津閣(イムジンガク)平和ゴンドラ
臨津江(イムジンガン:イムジン川)の対岸までゴンドラで渡ってきましたが、ゴンドラは下がスケルトンになっているタイプと通常のタイプがありますが、スケルトンタイプなら川の流れも見ることができます。イムジン川の水は歌の歌詞にあるように清くなく、濁っていましたし、ゴミのようなものも流れています。普通のゴンドラより、若干高いですが迷わずにスケルトンタイプに乗りました。ゴンドラ内からの撮影は禁止されており、写真はありませんが、撮影可能な場所からの画像は次の通りです。
都羅展望台(トラチョンマンデ)
いよいよ、一般観光では入れな統制区域にある都羅展望台に向かいすが、統制区域に入る前に統一大橋のところに検問所があります。若い軍人が乗り込んできて、事前登録名簿とパスポートと見比べて本人確認です。検問は直ぐに終わります。
都羅展望台は一部3階建ての建物ですが、3階は屋上で見晴らしはさらにいいはずなんですが、現在北朝鮮から汚物やゴミなどを詰めた風船爆弾が飛んでくる可能性があり、安全のために2階からの眺望しかできません。撮影はNGですが、この日は天気も良くて、北朝鮮の開城工業団地や遠いですが、肉眼で板門店も見ることができます。すぐ前には国旗を掲げた北朝鮮の監視塔も見え、その下にある村(現在は無人)もはっきりと見えます。建物内には、板門店周辺のジオラマもあります。
第三トンネル
次はまたバスで第三トンネルに向かいました。北朝鮮からのトンネルは現在4つ見つかっていますが、この第三トンネルは1978年に3番目に見つかったトンネルです。ソウルから最も近いトンネルで、ソウルまでは約52Kmという近さです。洞窟内は撮影禁止なんですが、建物の写真も撮るのを忘れてましたので画像が全くないです。このトンネルで、軍事境界線の約170m手前まで行くことができます。モノレールもあるのですが、現在故障中で歩くしかないです。地下73mにある坑道まで、約360mほどの斜度11度の坂道を降りていくとたどり着きます。坑道は平たんですが、幅は約2m、高さは1.6mから2m程度でかがんで歩かないと頭をぶつけるので、坑道に入るにはヘルメットを着用しなければなりません。私も3度ほど頭をぶつけましたが、ヘルメットのおかげで事なきをえました。帰りの上り坂は、本当にきついです。ところどころに休息用のベンチもありました。坑道に入る前に閉所恐怖症や心臓に不安のある方は入るのを控えるように注意があります。が、歩くのに自信がない人も止めた方がいいと思います。
この後は、統一村にあるお土産店に立ち寄って、その後は再び統一大橋で検問を受けて、解散地の明洞まで帰りました。
この後疲れたので、ホテルからほど近い<仁寺洞汗蒸幕>へ行くことになり、ロッテヤングプラザ前から昌徳宮ウリソリ博物館まで基幹バス162でホテルに帰り、直ぐに汗蒸幕へ。
屋台のみ
汗を流し、さっぱりしたので匂いがつく焼肉には行きたくないということで、鍾路3街駅周辺の屋台に行きましたが、どこもそこそこ混んでて、駅(鍾路3街駅の3番出口を出たところ)から一番近い屋台に突入。屋台の外観撮るの忘れてました。
ホテルに戻りましたが、部屋飲みで最後を締めくくりました。
2024年11月20日(水)
今日のメイン予定は、青瓦台(チョンワデ)<旧大統領府>で、その後はロケ地(ドクタースランプやキム秘書はいったいなぜなどで使われた家)訪問が大雑把な予定です。徒歩でも行ける距離ですが、地下鉄3号線安国(アングク)から景福宮(キョンボックン)まで一駅乗って、駅からは徒歩で向かいました。
青瓦台(チョンワデ):旧大統領府
前回、大統領府として使われていた時には事前に訪問申請して、外国人はSPにパスポートを預け、そのSPがずっと近くをついてきました。誰にパスポートを返すか見失いためだとは思いますが、常に見張られているような印象でした。今の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、大統領府を龍山に移し、青瓦台は国民に解放され、観光客も1日2,000人限定で入ることができます。事前予約もできたようですが、予約せずに訪問し、受付所でパスポートを見せれば、入館チケットがもらえます。入館料は無料です。
景福宮(キョンボックン)
青瓦台を後にして、景福宮(キョンボックン)の裏の門からも入ることが出来たので、青瓦台正門から出て道路を渡れば景福宮の裏門です。昨年、徳寿宮(トクスグン)の入館の際も、パスポートを見せて65歳以上が証明できれば無料になりましたが、景福宮も65歳以上は無料でした。ここだけに限らず、以降入った施設もすべて65歳以上は無料で入れました。日本では、せいぜい割引でしょうね。因みに地下鉄やバスなども65歳以上は無料のようですが、優待パスを持っていないといけないので、流石に観光客は無理ですね。
次の予定はロケ地訪問ですが、その前に腹ごしらえと言うことで、仁寺洞にある昨年行ったお店に冷麺とマンドゥを食べに行きました。
仁寺洞:ブクチョンソンマンドゥ
仁寺洞の中ほどの脇道を入ったところにある店で、昨年は閉店間際に行き、冷麵だけを食べましたが、この店の売りはマンドゥです。今回は冷麺をそれぞれ頼んで、プラスしてマンドゥの盛り合わせを一皿頼みました。冷麺も美味しいですが、マンドゥは5種類載っており、それぞれが独自の美味しさでした。今回は3人でシェアしましたが、一人でマンドゥの盛り合わせを頼むのもありですね。
お腹もふくれたので、次は<キム秘書はいったいなぜ>の主人公キム・ミソ(パク・ミニョン)と<ドクタースランプ>の主人公ナム・ハヌル(パク・シネ)の自宅になっていた建物を見に行きました。
安国(アングク)から地下鉄3号線で東大入口(トンデイック)まで行き5番出口を出て、城郭沿いを登っていくと建物が左手に見えてきます。ドラマ放映時とは建物の色は変わってますし、1階はカフェになっています。ドラマにも出てくる屋上にも上がることができます。
ロケ地周辺を一回りした後、この建物の1階のカフェでお茶を飲んで休息をとりました。30分ほど休憩した後、江南エリアというか漢江を見に行こうとなり、東大入口(トンデイック)から地下鉄3号線で漢江を渡り狎鴎亭(アックジョン)まで出ました。
ここから漢江(ハンガン)までの行き方を、道ゆく人に聞いたら、この道を真っすぐ行って右に行けば良いけど、歩いたら30分くらいかかるといわれましたが、歩くことには抵抗がないので、道を進んで行くと、新現代の大きなアパートがあり、中を通り抜けていくことにしました。ようやく漢江に並行して走る道路の防音壁にぶち当たりましたが、超える場所がありません。防音壁に沿って歩いて行くと、アパート群を過ぎたあたりに、漢江のほとりに出られる陸橋を発見し、無事に漢江まで出ることができました。漢江沿いに<漢南大橋>方向に歩いて行くと、漢江沿いの道路を超えれる陸橋がありそこを渡って漢江とはお別れです。
ここからなら、狎鷗亭(アックジョン)に戻るよりも、隣の駅の新沙(シンサ)の方が近いのですが、道路が複雑で車道ばかりで歩道がなく、結構遠回りして新沙(シンサ)駅まで出ることができました。
新沙(シンサ)から鍾路3街(チョンノサムガ)まで戻り、その足で益善洞(イクソンドン)の焼肉屋<クァンジュチッ>に突入しました。頼んだものは、19日とほぼ同じものでした。
ホテルに戻って、また部屋飲みで最後を締めくくりました。
2014年11月21日(木)
今日の大まかな予定は、駱山公園(ナクサンコンウォン)を経由して、壁画村へ行った後に広蔵市場(カンジャンシジャン)へ。
駱山公園(ナクサンコンウォン)
先ずは鍾路3街(チョンノサムガ)から地下鉄1号線で東大門(トンデムン)へ。ここから城郭沿いに上っていくと駱山公園(ナクサンコンウォン)に辿り着きます。
梨花洞(イファドン)壁画村
公園を後にして、壁画村を探しながら下っていくも気が付けば恵化(ヘファ)駅近くのマロニエ公園まで行ってしまいました。事前に場所を確認せずに歩いていたためですが、地図で確認すると壁画村は駱山公園からすぐの場所にあるようで公園方面に向かっての上り坂です。地図で表示されているあたりに辿り着きましたが、疲れていたせいもあり、壁画村と書かれた看板が怪しげな階段のところにあり、矢印がそちらを指しているように見えたので降りたところが壁画村と思い込み階段を下りましたが、多少の壁画はありますが、人が住んでるような気配がするものの荒廃した怪しげなところでした。壁画村と書かれた看板は、その階段ではなく、道の先を指していたようで壁画が描かれた一帯には行けませんでした。次回の宿題です。
恵化(ヘファ)から一駅ですが、地下鉄4号線で東大門(トンデムン)まで戻り、1号線に乗り換えて鍾路5街(チョンノオガ)まで行けば、広蔵市場(カンジャンシジャン)は直ぐですが、東大門市場(トンデムシジャン)を歩きながら、広蔵市場(カンジャンシジャン)へ向かいました。
広蔵市場(カンジャンシジャン)
マップで言うと、右端に見える東門から市場に入っていきましたが、いきなり中央に屋台が並び両脇にはお店がと所狭しと並んでいて活気にあふれています。
東門を入って直ぐの店にチキン屋さんがあり、塩味、カレー味、激辛味などがあり、激辛をチョイス。店の人が辛いと言ったけど、確かにピリッとした味ですが、特に辛いとも思いませんでした。
市場の中ほどで左右に広がる道は、南門に向かう道も軒並み屋台が並んでいます。同じような食べ物を扱っている店が多いのですが、そのうちの一軒のカルグクスのお店に入りました。写真の画像は友人が量が多いと言って、私の器にほりこんできたので、量が多く、ぐちゃぐちゃとして見えますが出汁の味は抜群ですし、刀削麵も歯ごたえがあり美味しかったです。カウンターに野菜などが山積みにされてますが、多分準備してある食材でしょうが、何に使うのか分かりませんでした。屋台なのに、椅子(ベンチ)は暖房設備があり、座っているとお尻がポカポカと気持ちいいです。この市場は、また時間をとってゆっくりと行きたい場所です。
この後、宗廟(チョンミョ)に向かいましたが、土日以外は自由に入れず、時間制で、韓国語、日本語、英語のガイドがついて回ることになっていて、我々が着いたときは、日本語ガイドはすでに30分ほど前に入っており、次の案内まで待たないといけないのですが、40分ほど先になります。それで、先に昌徳宮 (チャンドックン)に向かいました。
昌徳宮 (チャンドックン)
韓国にある王宮の中で、本来の姿が最も残っている昌徳宮 (チャンドックン)は世界遺産にもなっています。ここも65歳以上は入場無料です。何回も来ているので写真はこの1枚しか撮っていませんでした。朝鮮王朝時代の2番目の宮殿で、宮殿の中で最も長く王が滞在した場所であり、後苑が美しいことで有名です。日本による植民地時代を経て毀損されましたが、復元工事の後、1997年に世界文化遺産に登録されました。
昌徳宮 (チャンドックン)をずっと奥まで入っていくと、隣に位置する昌慶宮(チャンギョングン)につながっています。正門は全然違う場所で正門から入ろうとすれば歩いて15分くらいかかります。ここから入ると王宮の裏から入っていく感じになります。
昌慶宮(チャンギョングン)
ソンジョン(成宗:朝鮮王朝第9代国王) の時代である1483年に、王の祖母や生母、養母達が暮らすための別宮として建てられた王宮です。ここも何回か来ていますので写真は1枚だけです。ここも65歳以上は無料です。
この後、宗廟(チョンミョ)に行く予定でしたが、次の日本語ガイドの時間には間に合いそうもないので、明日帰る前に朝一番の9時30分のガイドで訪問することにして、一旦ホテルに帰りました。ホテルで1時間ほど休息をとり夕食を食べに行くことにしましたが、友人が2年前に行った、仁寺洞にある小奇麗な店に行きたいと言うことで、そのお店に直行しました。お店の名前は<チョンソンコンドゥレサンパッ>です。
仁寺洞:チョンソンコンドゥレサンパッ
隣の席に、韓国に留学していて、卒業後、韓国の企業(勤務地は日本だったみたい)に勤めていたが最近退職した女の子と、韓国人の元上司か同僚か分からないが二人で来てました。料理名で分からないものや、飲み物の画像の左から2本目のお酒を飲んでいたので、聞いたら、覆盆子酒 (クマイチゴ酒)<ポクポンサ>と言う酒で、これを注文したところ、私は飲みませんが韓国にきて飲んだ酒で一番美味しかったようです。
その後、私は非常に疲れており一足先にホテルへ戻りましたが、友人二人はBARに向かいましたが、ホテルに戻ってきてから、また部屋飲みで最後を締めくくりました。
2024年11月22日(金)
5日目最終日です。お昼にはソウルを引き上げて仁川空港に向かうので、今日は昨日行けなかった宗廟(チョンミョ)の9時30分の日本語ガイドに合わせて、荷物は部屋に置いたままホテルを出ました。
宗廟(チョンミョ)
無事に9時30分のガイドさんに案内されて、約1時間の見学コースです。
宗廟は現在補修工事中で、足場などが組まれているために写真はありませんが、祀られている王、王妃の名前です。
宗廟永寧殿
宗廟は19室しかないので、宗廟に祀られる王が増えるにつれて、宗廟も増築されているのですが、それでも足りなくなり、在位の短い王やさほど功績のない王は宗廟から出されて、位牌はこちらの永寧殿に移されました。
ホテルに戻り、荷物をピックアップして少し時間的に余裕をもって、来た時と同じで地下鉄と空港鉄道を乗り継いで仁川空港に向かいました。13時前には空港につき、チェックインは成田便も関空便も始まっていてけっこう長い列が出来ていましたが、15分ぐらいで登場手続きは終わったと思います。成田便は15時、関空便は15時35分ですが、早めに手荷物検査を受けて、中で何か食べようと思っていましたが、手荷物検査の順番待ちは長蛇の列が出来ています。仕方なく列の最後方に並びましたが、ほとんど前に進みません。
10分ほど並んでいたと思いますが、突然空港警備員か保安員かわかりませんが、私のところにやってきて、「show me your passport」と言うのです。怪しい動きも何んもしてないつもりなんですが、何か不自然な感じがしたのかなと思っていると、パスポートを見た後、友人二人を指さして「together」と聞くので、「yes」と答えると「go straight and turn right」と言うので、言われたとおりに行くと、がらがらの手荷物検査場が見えます。そこから入っているのは、みんな年寄りです。で、納得がいきました。高齢者に見える人に声をかけて、パスポートで年齢確認をして、シルバー専用の手荷物検査場の案内をしてくれたんですね。さすが儒教思想が残っている韓国です。それよりも、私でも理解できた英語で良かったと思いました。
このおかげで、最低でも30分は短縮できたと思うのですが、意外にも、特に成田便組はゆっくり食事をとる時間はなく、コンビニで食料を買って済ませてました。成田便はメインコンコースのゲートですが、関空便は搭乗棟の一番端の方で、移動だけで15分ほどかかってしまうので、食事は一緒に取らずに14時過ぎに別れました。私も、搭乗棟まで行って、サンドイッチを買って食べました。
定刻に出発して、予定より10分ほど早く関空に着き無事に4泊5日のソウル旅行を終えましたが。毎日毎日22,000歩以上歩き、一番多かった日は30,000歩を超えていました。